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この寄稿は、当会の初代会長である、故倉持日出雄氏によるものです。 横浜市及び本邦における救急業務の歴史と変遷について記載された大変貴重な資料です。 故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。(会長注) 救急の変遷
1 日本初の救急車 昭和8年3月13日、1929年今から71年前に全国で初めて横浜市に救急車が配置されました。当時は神奈川県警察部山下消防署と言って警察組織の中に消防がありました。 最初に配置された救急車はアメリカ製のキャディラックで、8気筒32馬力、最高時速40Km、当時、交通の主力は荷車や馬車、自転車であり、時速40Kmで走行する救急車は市民の目にどんな風に映ったのでしょうか。このような記事が載っています。 「交通事故水火震災其ノ他ノ災害二因ル傷病者ニシテ應急救護施設ノ缺陥二基キ遂二貴重ナル人命ヲ損傷スル事例尠カラザルニ依り昭和八年三月救急自動車一輌ヲ備へ山下消防署二配置シ無料ヲ以テ傷病者ノ救護二従事セシメツツ、アリ而シテ實施以来着々成績ヲ擧ゲツ、アリ横濱市内ハ無論隣接町村二在リテモ廣ク之ガ利用ヲ希望ス」と記されておりこの時から救急車は「無料」で活動していたわけです。又、当時の新聞には「日本で最初の救急自動車十日頃から本式に活動」「電話一本で直ぐに飛出す救急自動車貧困者には何よりの福音、いよいよけふから活躍開始」「119番の電話が鳴れば直ぐ飛出す救急自動車、予行演習は好成績」更に、「救急自動車最初の出動活躍」相川警察部長御自慢の救急車がきのふ(十五日)初めて出動した。「事件は別掲神奈川の女中斬り事件で山下消防署に待機中の救急車が電話報告に接するや否や吉野隊長指揮の下に直ちに現場に急行被害者を収容手當を加え青木町病院に収容したがその手際は専門医そこのけの有様であつた。」 新聞が連日のように大々的に取り上げ、救急車に寄せる期待は並々ならぬものが在ったことが伺われます。
2 救急の装備 (1) 救急車 救急車は車体全長5.3メートル、幅1.9メートル、高さ2.3メートル、色は白地に赤線を一本入れ、全面に「救急車」の三文字を表示し、サイレン1個を備え、内部は患者用寝台1、担架3で、寝て4人、座って8人収容。と記録にありますので、寝て4人と言うのは現在の高規格救急車より重症患者搬送に適していたことでしょうか。
(2) 医療器具類 止血管、止血帯、包帯鋏、噴霧器、消毒ガーゼ罐、体温計、皮下注射器、指頭消毒器、指サック、雑嚢。 (3) 薬品類 滅菌カムフル液、メンソール酒、葡萄酒、絆創膏、亜鉛革ラナリングリセリン、健胃錠、 アスピリン錠、硼酸錠、酒精、沃丁、オキシフル、クレゾウル石鹸、液沃製不炭酸、硼酸 軟膏。 (4) 消耗品類 三角巾等、巻軸帯、昇汞水ガーゼ、脱脂綿、綿、桐油紙、副木,呉氏副木、上肢副木、下肢副木。 (5) 雑品 氷枕、氷嚢、尿器、便器。
以上のような救急医薬品類が積載されており、カンフル注射などは実際に行われていました。昭和33年6月9日、厚生省医務課長から、各都道府県知事に当てた(医発 第四百八十号の-)「消防職員が患者に対して行う救急処置について」消防署職員が、 患者を病院に輸送するに際してカンフル皮下注射を行い、(以下略、救急・救助六法 より)とあり実際にカンフル剤を使用していたことを示しています。現在の救急救命士は特定行為の中で、静脈路確保のための輸液として、乳酸加リンゲル液を使用しています。 昭和7年、神奈川県内の自動車保有台数は4,259台で同年の自動車事故は(同年11月末迄の統計)1,513件、負傷者1,214人であり、自然災害、工場等における事故のため死亡した人は290人、負傷者は417人となっており、その9割が横浜と川崎で発生したと記されています。 横浜市内では救急指定病院が16病院決められており、救急自動車設置について次の通知が発せられた。  3 救急規程 (1) 昭和8年4月8日、八保発第三八号、救急自動車に関する件、 「天変地変火災交通事故等発生セル場合二於テ、救急処置遅延セルガタメ専キ人命ヲ不具廃疾二到シタル事例尠シトセザルニ鑑ミ、今般当庁二於テ救急自動車ヲ設備候条、左記二依り救急上遺憾ナキヲ期セラレ度此ノ段及通牒候也。」 つまり、自然災害、火災、交通事故等発生した場合救急処置が遅れたがために尊い人命を失ったりする事例を少なくするために、救急車を配置するので遺憾なきよう。と言う趣旨である。
(2) 交通法令では、救急車ノ進行ヲ知リタルトキハ(サイレン)交通ヲ整理シ其ノ進行ノ円滑ヲ計ルコト。とし、新しい事なのでこの事をまだ理解しない人が多いときは公衆に対して周知方法を講ずること。と一条文を設けている。
(3) 自動車取締令施行細則第二三条「消防自動車又ハ救急自動車二対シテハ避譲スベシ」とうたっており、現在の様に優先通行を明記しています。
(4) 救急車の出場基準は次の通り。 -,特殊建築物及其ノ附近火災ノトキ 二,火災拡大ノ虞アリト認メタルトキ 三,警察官吏、消防官吏ノ請求アリタルトキ 四,民衆ノ通報二依り必要アリト認メタルトキ 五,其ノ他災害ノ状況二依り必要アリト認メタルトキ 傷病者応急救護規程の第三条、四条に次のような規程がありますので参考までに掲載します。
(5) 傷病者救護規程 「第三条、救護隊長ハ山下消防署長ヲ以テ之二充ツ、救護隊長は上司ノ命承ケ救護事務ヲ掌リ,部下ノ職員ヲ指揮監督ス第四条,警察部ニ救護員ヲ置キ巡査又ハ消防手ヲ以テ之二充ツ、救護員ハ上司ノ命ヲ承ケ救護事務二従事ス」 ここで上記の条文を見ていただくとおわかりの通り、警察部の中に消防部があり、階級も現在の消防士が消防手になっている事に注目していただきたい。この階級は自治体消防になるまで続いていたようです。
4 全国の救急車 消防機関が行う救急活動は、横浜市が全国に先駆けて行っていますが、この翌年、昭和9年には愛知県警察部、名古屋市で活動が始まり、昭和11年1月警視庁消防部が6台の救急車で、同年8月には京都で救急業務を開始した。更に昭和17年金沢市、19年和歌山市、21年立川市、昭和市、国立市,昭和22年八王子市の10市町が救急業務を開始したにすぎない。
5 消防組織法 昭和22年12月23日、消防組織法が成立し、翌年3月7日(法律第二二六号)が施行され自治体消防が発足しました。 ここに横浜市消防局が誕生し、警察から引き継いだ消防車両等は、8署、19出張所、消防車82台、救急車2台、消防艇4隻であり、いずれも戦争で酷使された車両のため老朽車が多く機能も著しく低下していた。と先輩達の苦労話を聞いた記憶がある。 しかし、消防組織法が施行されても、救急に関する規程は特になく,あえて言うなれ ば第一条の「災害に因る被害を軽減すること」及び地方自治法で「住民及び滞在者の安 全健康及び福祉を保持すること」「罹災者の救護及び未成年者、生活困窮者、病人、老衰者、寡婦、身体障害者、浮浪者、精神異常者、酩酊者等を救助し、援護し若しくは救護し、又は更正させること」とある。
6 横浜市の救護規程 横浜市では、昭和23年4月22日、横浜市規則第十三号で「傷病者応急救護規則」を次のように定めている。
第一条 水火風震災、交通事故等非常事態の発生及び一般急病者その他応急救護を要する市民の応急手当並びに搬送の事務に従事させるため消防署に救護隊を置く。
第二条 救護隊の名称、位置並びに管轄区域は附表の通りとする。前項に定める管轄区域に拘らず消防局長が必要と認めるとき又は隣接市町村から応援の要請が合った場合救護隊を区域外に出動させることができる。
としており、急病人の搬送、応援出場も規定している。消防法で急病人取り扱いについて法律的に明記したのは昭和61年のことで、横浜市では38年前から規定されていたわけです。
昭和8年の救急取扱状況を示す
出動件数 212件 取扱件数 179件 交通事故 94件(電車9人,自動車84人,自転車18人,その他6人) 傷害事故 27件(業務上19人,その他13人) 自殺行為 16件(服毒12人,入水3人,その他3人) 病者護送 23件(急病6人,行旅病17人) 火災事故 3件(火災5人) その他 16(その他16人)
当時はこのように種別が分かれており、現在とは多少違いがあります。特に「病者護送」に急病があり、「行路病」と言う言葉が使われていますが、現在は使われなくなっています。意味は、「道路に病み倒れ引き取り手のない人」「行き倒れ」(広辞苑)との記録が残つており、急病人を取り扱っていました。
7 戦争と消防 昭和20年5月29日横浜市は大空襲に見まわれました。市内中心部は焼失し、市内の被害は46%にのぼり人的被害は次のとおり。
(1) 死 者 3,650名 (2) 重傷者 1,656名 (3) 軽傷者 8,542名 (4) 行方不明 309名

 傷者の救護は県内はもとより東京都、軍関係の応援救護を受け救護所で救護に当たり、搬送は県直属輸送突撃隊車両、運送会社車両にて食料、救護物資の輸送と並行して行われた。消防庁舎の被害も神奈川、鶴見消防署をはじめ12出張所が焼失し、昭和20年8月15日の終戦時残った消防庁舎は7消防署21出張所であったがこのうち2出張所が米軍に接収された。 昭和20年12月には神奈川県警察部警備課から消防係が独立し、その年の救急自動車の配置署は山下、神奈川、鶴見、川崎、横須賀消防署に各1台の5台であった。
8 自治体消防 昭和23年12月23日、法律第二二六号が成立し、翌年3月7日施行され自治体消防が発足し、市町村が消防の事務を担当することになりました。同年7月24日、法律.第一八六号で消防法が成立し、救急が法制化されました。 消防法成立後の14年後、昭和37年5月4日消防審議会会長から消防庁長官あて「消防機関の行う救急業務に関する答申」に基づき昭和38年4月15日、自消甲発第22号「消防法の一部を改正する法律の施行について」により、救急業務の定義に関する規程が消防法第二条に規定された。
9 救急業務の法制化 (1) 従来消防機関の行う救急業務は、地方自治法の規程に基づき行われていた。 (2) 一部の市町村が任意に条例、規則又は訓令により実施してきた。 (3) 一般的に高く実績を評価された。 (4) 交通事故を含む各種災害及び事故が増加してきた。 (5) 人命尊重の見地から制度の確立が急務であった。 このようなことから消防機関の行う救急業務を法制化して救急体制の整備を図り消防法中に新たに「救急業務に関する規程」が設けられた。
10 政令で定める事故の範囲 消防法施行令の一部改正(法律第八十八号)で公布され昭和39年4月10日から施行され、政令で定める事故の範囲が次のように示された。 (1) 屋内で生じた事故 (2) 医療機関その他の場所に迅速に搬送する必要がある傷病者 (3) 他に適切な搬送手段がない場合
この他にも「救急業務を行わなければならない市町村の基準」が人口によって定められ更に、自治大臣の告示により「救急隊の編成基準」「救急隊の装備の基準」が示された。消防の事務は、地域住民に密着した事務であるために市町村が担当することになったものであるが。しかし、市町村の財政事情などのために、消防体制に格差が生じたのもいがめない事実である。特に、救急体制については昭和39年の「救急業務法制化」 が行われた年、214市町村が実施しているにすぎなかった。救急業務は、交通事故を主体としその他の事故について規程されていたが、急病については明確な規定はなかったのが事実である。しかしながら昭和38年の横浜市の統計でも48%が急病であり、10年後の昭和48年は約60%、更に10年後の平成5年は57%が急病である。
11 急病の取扱の法制化 急病が法律的に救急業務の対象になったのは、昭和61年消防法及び消防組織法の一 部改正する法律(法律第二十号)により、救急業務の対象に、事故以外の事由による傷病者で政令で定めるものが加えられたことを受けて、当該事故以外の事由として、
(1) 生命に危険を及ぼし、又は著しく悪化するおそれのあると認められる症状を示す疾病 (2) 当該傷病者を医療機関その他の場所に迅速に搬送するための適当な手段がない場合 (3) 生命に危険を及ぼし、又は著しく悪化するおそれのあると認められる症状を示す疾病による傷病者のうち、医療機関その他の場所に緊急に搬送する必要のあるもの
以上が新たに救急業務の対象になった。 すなわち、今から14年前、自治体消防になってから38年後である。すでに急病については救急件数の半数を占めており当たり前のように扱っていたのである。 横浜市における昭和61年の救急件数は、73,976件で、そのうち急病が39,067件、53%を占めている事実を見ても法律が後からついてくると言う感じがいなめない事実である。更に、応急処置についても法律的に明記されたのは、昭和53年7月1日〔消予第百十二号)にて、「救急隊員の行う応急処置の基準」が告示された。 応急処置についても救急隊ではすでに行われておりましたが、基準がないために地域によって統一を欠き、救急隊員の行う応急処置が国民の日常生活に深く定着するとともに、一層の充実を期待し、的確な応急処置が益々必要とされた。
12 横浜市の大事件 当時、横浜市で大きな事件がありましたので2~3紹介します。
(1) 桜木町電車火災事故 昭和26年4月24日、桜木町電車火災事故、当時の電車は木造で一旦火災になると大惨事になりました。 焼死者 107人 重軽傷者 81人
(2) 東洋化学爆発事故 昭和34年11月東洋化学爆発事故、この時消防では誘爆防止の決死隊を編成し災害の鎮圧に当たった、消防決死隊に叙勲が送られたとの記録があります。この事故については、小説家、斉藤栄が取り上げています。 死者 3人 傷者 560人 民家の被害 5,000棟
(3) 火薬爆発 同年12月、神奈川区子安通りで火薬を積んだトラックが爆発した。
死者 4人 傷者 99人 民家の被害 1,040棟
(4) 横須賀線二重衝突事故 昭和38年11月9日、午後9時44分、横須賀線二重衝突事故(鶴見事故)が発生した。脱線した貨車に横須賀線の上下電車と三重衝突事故で、救出作業に18時間を要し、市内に救急車が11台ありましたが(1台が予備車)この事故に10台が出場しため、市内の救急車が全隊出場したことになります。 ・ 人的被害 死者 161名 重傷 54名 軽傷 33名
・出動機関 横浜市 468名 消防局 369名 市庁関係 39名 消防団 100名 神奈川県警 994名 国鉄職員 250名 自衛隊子安駐屯部 64名 米軍関係 12名 日赤関係 40名 (医師、看護婦)
・出動車両 消防局 救急車 10台 消防車 18台 指揮車 12台 消防団 1台 警察本部 145台 国鉄依頼車 5台
この事故で1,828人が救助に当たった。(救急隊の搬送人員は不明)

この他にも大火、船舶火災、等々大きな事故、事件はたくさんありましたが、ほんの一例ですが掲載いたしました。 13 救急医療対策整備事業 昭和52年7月6日、「救急医療対策実施要綱」が示され、休日夜間救急センター、休日等歯科診療所、在宅当番医制 二次救急医療体制(救急輪番制)、救命救急センター等が整備され、救急医療体制が法律上整ったが、実際は「たらい回し」と言われる、診療拒否が行われており病院を何軒も回って診療をお願いする救急隊の姿が日常茶飯事のように見受けられました。特に、小児科、耳鼻咽喉科、産婦人科、多発外傷等は夜間診療で拒否されるケースが多く、大都市横浜と言えども受け入れ医療機関を探すのに、大変な苦労が在りました。 診療拒否の理由は「医師不在」「ベット満床」「手術中」「重症患者扱い中」「科目外」等々様々な理由で断られましたが、救急隊は「拒否」することは出来ませんし、科目も選ぶことも出来ません。内科、外科、循環器、小児科、産婦人科等あらゆる科目に対応しなければなりません。 そんな苦労にも耐えて、先輩達は地道な救急活動を重ね国民の信頼を得たお陰で、現在のような救急医療体制が出来たわけです。勿論、自治省、厚生省、医師会、病院協会等々沢山の方々のご理解とご努力が在っての事ですが、新しい法律が制定された。
14 救急救命士法 平成3年4月23日(法律第三六号)で救急救命士法が制定された。更に、「救急隊員の行う応急処置の一部改正について」平成3年8月5日(消防救77号)で応急処置の拡大により、11項目の処置が行われるようになった。救急隊員の資格によって行われる処置が定められており救急Ⅰ課程(135時間)Ⅱ課程(Ⅰ課程修了者で115)、標準課程(250時間)前課程修了者で2000時間又は5年以上の救急経験者で835時間の課程を修了者、更に厚生省の行う国家試験に合格した者が救急救命士となる。 15 救急救命士法の制定背景 (1) 急病や交通事故で救急医療機関に搬送される傷病者数が増加している。 (2) 人口の高齢化、疾病構造の変化(虚血性心疾患、脳血管疾患等の呼吸不全患者の増加) (3) 交通事故等外的要因等による心肺機能停止状態で医療機関に搬送される患者の増加。 (4) 救急隊が情報を得て現場到着し患者を医療機関に収容するまでの時間が平均21.7分(その内情報を得てから現場到着まで5.7分。この時分は救急医療体制検討会設立当時の時間)この時間に医療行為を施し、少しでも多くの傷病者を救命するため。 (5) 救急隊の行う応急処置を拡大し、救急救命士に高度な救命処置をさせること。 (6) 救急救命士に高度な救命処置(半自動除細動器による除細動、静脈路確保のための輸液、食道閉鎖式エアウェイー及びラリンゲアルマスクによる気道確保)等の医療行為を実施させることにより救急現場から医療機関までの間、医療の空白をなくす。
16 救急救命士の業務 救急救命士の業務は、医師の指示の下に救急救命処置を行うことであるが、救急救命処置とは (1) 救急隊員の行う応急処置 (2) 医師の包括的指示の下に行う精神科、小児科、産婦人科の各領域の処置 (3) 医師の具体的指示の下に行う半自動除細動器による除細動、乳酸加リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液、食道閉鎖式エアウェイ又はラリンゲアルマスクによる気道確保(特定行為) ここで注意が必要なのは、医師の具体的指示である。除細動は、心室細動を電気的に除去することであり輸液は静脈路を確保するためであり、気道確保はラリンゲアルマスク又は、食道閉鎖式エアウェイを用いて行うもので、いずれの場合も救命士は積極的に指示を仰ぐべきであると考える。
医師の具体的指示内容
(1) 半自動式除細動 ・ 除細動の適否 ・ エネルギー量 ・ 除細動不成功の場合の対応 ・ 再度除細動を実施する場合のエネルギー量
(2) 乳酸加リンゲル液による静脈路確保のための輸液 ・ 静脈路確保の適否 ・ 静脈路確保の方法 ・ 輸液速度 この場合、どこの静脈を選定するかについては救命士が医師に、確保可能な場所について指示を仰ぐべきと考える。例えば、橈側皮静脈と言うように。
(3) 気道確保 気道確保については、ラリンゲアルマスク、又は食道閉鎖式エアウェイを使用して行われる。なお、器具の選定については救命士が医師に傷病者の状況、吐物が多い、食事後間もないので食道閉鎖式エアウェイが有効。口腔内吐物なし吸引の要なしラリンゲアルマスクが有効と言うように医師の指示を仰ぐべきと考える。 ・ 気道確保の方法の選定 ・ 酸素投与を含む呼吸管理
17 特定行為の制限 (1) 救急救命士法第44条第1項 には、「救急救命士は、医師の具体的な指示を受けなければ、厚生省で定める救急救命処置を行ってはならない」と定めておりこれに違反した場合,20万円以下の罰金が規定されている。
(2) 同法第44条第2項では、「救急自動車等以外の場所で業務を行ってはならない」と定めており、更に、ただし書きで「病院又は診療所への搬送のため救急自動車等にのせるまでの間において救急救命処置を行うことが必要と認められる場合」を例外としている。これに違反した場合も20万円以下の罰金がかせられる。 ここで、救急救命士が業務を行う場所について規定し、罰則規定まで設けている訳は,他のコメディカルの場合、医師に直接指示を受け、つまり病院内で医師の診療補助を行うが、救急救命士の場合救急現場、つまり病院外で業務を行うために医師の管理下にない傷病者に対して医療行為を行うため、具体的指示と併せて、場所を法的に整備したわけである。
(3) 特定行為は心肺停止状態、心臓機能停止、呼吸機能停止状態の傷病者のみに行われるものであり、この判定はあくまでも医師が行うものであることを再認識する必要がある。
(4) 医師が、具体的指示を救急救命士に与えるには、指示に必要な情報が医師に明確に伝えられることが重要であるため、情報の伝え方を研究しておく必要がある。
(5) 救急救命士が医師の指示を仰ぐ方法としては,携帯又は自動車電話、消防無線等が考えられるため、救急現場を見ていない医師に、救急現場の状況が手に取るように分かるような情報を送ることが大切である。
(6) 情報を送る場合、医療情報として全身状態(血圧、体温、心電図、聴診器による呼吸音など)と併せて、心肺機能停止(CPA)、心臓機能停止(CA),呼吸機能停止(PA)を正確に伝えることが大切である。
(7) 心臓機能停止状態とは心電図において心室細動、心静止、電導収縮解離の場合、又は、臨床上意識がなく総頚動脈、大腿動脈(乳児の場合上腕動脈)の拍動がふれない場合
(8) 呼吸停止の状態とは呼吸観察、聴診器等により、自発呼吸をしていない状態
(9) 救急救命士は、心肺停止状態の傷病者を取り扱わない場合、例えば「傷病者が明らかに死亡している場合」はこれを取り扱わないことが出来るが、どんな場合でも医師にその状況を報告し、指示を仰ぐことが大切であり、現場に医師を招き「死亡確認」を得ることも考慮し、救急救命士の判断だけで「死亡」と判断し「不取り扱い」にすることのないように、正確な観察と判断及び現場の状況の応じて活動をし、後のトラブル防止の観点からも医師の判断を仰ぐことが望ましい。 参考までに「明らかに死亡している場合」7項目を列挙します。 ・意識レベルがJCS-300であること ・ 呼吸が感じられないこと ・ 総頚動脈で脈拍が全く感じられないこと ・ 瞳孔の散大が認められ、対光反射が全くないこと ・ 体温が感じられず、冷感が認められること ・ 死後硬直が認められること ・ 死斑が認められること 以上7項目すべてが該当した場合「死亡」と判定できるが、傷病者が電気毛布に寝ていた、お風呂の中にいて冷感が感じられない等々の場合、ケースバイケースでの対応が必要な場合も多々ある。この場合状況を正確に医師に伝えて指示を仰ぐべきである。しかしながら「明らかに死亡している」と判断される場合でも、家族、関係者からの要望により住民サービスの観点から応急処置や救急搬送をしているのが現実である。
18 心電図伝送 心電図伝送は救急Ⅱ課程及び救急標準課程修了者でも出来る処置である。 (1) 傷病者の観察に使用する (2) 医療機関選定の参考にする (3) 救急処置の参考にする (4) 傷病者搬送先医療機関へ事前に伝送することにより医療機関の処置が円滑に行われる。 以上のような観点から心電図は、救急隊にとって有効な観察資器材であるため、有効利用に心がけるべきである。特に心電図伝送に当たっては、救急救命士の特定行為のため指示を得るだけのものではないことを理解したい。 横浜市では、救急救命士発足当時から特定行為で指示を得るための伝送は行っておらず,そのための障害等は起きていません。本市は、標準四肢12誘導心電図の伝送を行っており、これによる奏功事例は数多く挙げられています。 消防局指令センターに心電図受信装置があり、救命指導医が送られた心電図を解読し、救急隊に適切な指導、助言を与えるもので病院選定は救急隊が行う。 心電図伝送実施に当たっては、急性心疾患と疑わしき傷病者については適切な医療機関に搬送し、判断に迷う症例について伝送を実施し、救命指導医の指導、助言を得る。 伝送に当たっては、傷病者の意識があり、全身状態が安定していること。更に、必ず傷病者の同意を得て実施する。
伝送実施要領 (1) 胸が締めつけられる痛みがあったが、救急隊到着時痛みが治まっている。 (2) 肩のあたりが何となく痛く息苦しい (3) 胸のあたりが何となく重苦しい (4) みぞおちのあたりが何となく痛くて息苦しい (5) 胸部、背部の痛みがある (6) 何となく息苦しい (7) 動悸を訴えている (8) 不整脈がある(頻脈、徐脈を含む) (9) 一過性の失神発作をおこしたもの その他、救急隊長が判断に困り、伝送を必要と認めたものも含まれる。 このように救急隊と医師、コメディカルが一体となってこそ、救急医療体制が充実するもので、メディカルコントロールの重要性が重視されなければならない。 今後、処置拡大が求められている今日我々救急隊にとって、メディカルコントロールは必要不可欠なものであることを消防組織全体が再認識すべきである。
19 アンケート調査結果 1998年「神奈川県市町村振興研究事業」の一環として、全国151消防本部196名の救急救命士にアンケート調査を実施した結果、具体的指示体制は必要ない、一部(除細動)を除いて必要ない、包括的指示でよい、が85%を占めている。また、特定行為を実施するために心電図伝送をしているとの回答が58%を占めている。更に、特定行為の指示を得るために心電図伝送は必要かの問いに、必要ないが85%もあり伝送の必要性を否定する声が多い。どんな時に伝送の必要性を感じますかの問いに、心疾患が疑われるときが54%、CPAになりそうな時25%となっている。つまり、CPA状態では必要性を感じていないようである。先の救急医学会総会においても、「心電図伝送は心疾患に有効である」との報告があり、「Ⅱ度房室ブロックを発見した」との報告が2例ほど出された。これも、メディカルコントロールの良い症例であり、今後心疾患等のような症例での心電図伝送に切り替えることを検討してはどうだろうか。
参考までに本市の救急体制を簡単に列挙します。(平成12年4月現在) 面積 434Km 人口 約340万(3、399千)平成12年3月1日現在 消防職員3,200人 18消防署80消防出張所 救急隊数56隊(全体高規格救急車) 救急件数123,439件(平成11年) 救急救命士 337名(平成12年4月1日現在) ⑧救命指導医24時間体制(指令センター内) 標準12誘導心電図搭載救急車27台 救急救命士は実動隊の他、指令センター、救急課、教育課に勤務している。
19 救急救命士法の罰則規定(救急活動に関するもの) 今まで、救急隊の行う救急活動に特別な罰則規定はなかった、しかし救急救命士制度 ができ、救急隊が医療行為をするようになったため、その責任を明確にするために設けられたものと考えられるが、尊い生命を預かる業務としては当然のことといえる。 この意義を再考すると共に、救急救命士としての活動のあり方、今後の課題、今後の展望等々常に建設的な疑問を持ち、国民に信頼され、理解されてこそ今後の展望がおのづから開けてくるものと確信する。
(1) 第47条に違反した者(業務上知りえた秘密を滴らした者)30万円以下の罰金 (2) 第9条第2項救急救命士の名称停止期間中に名称を使用した (3) 第44条第1項医師の指示を受けずに特定行為を行った者 (4) 第44条第2項救急自動車以外の場所で業務を行った者 (5) 第46条第1項救急救命処置録に記載せず、又は虚為の記載をした者 (6) 第46条第2項救急救命処置録を保存しなかった者 以上が20万円以下の罰金と定められている。
20 救急隊員の研修のあり方 救急隊員の研修のあり方については、ある程度の指針は示されているものの各消防本部又は、研修を受け入れている医療機関により異なり、病院研修のあり方、研修期間、研修内容に到るまでばらつきがある。昨年行ったアンケート調査の結果、「研修を受け入れてくれる病院がない」「人員配置の関係で研修を受けられない」「研修の重要性を理解していない」「救急隊は運べばいいんだと言う上司が多い」等の意見が多く見受けられ、中でのも「上層部が救急隊を理解していない」、「救急隊では出世できない」、「専従救急隊として活動したい」、「訓練用資器材がない」等々の切実な意見が多かったのには何とも言い難い寂しさを感じた。 自身意見の中で、自分たちが学んだ医学知識、救急技術をいかにしたら市民に還元できるかを、あるところでは救急救命士会を、あるいは救友会、等を作って症例を検討し たり救急セミナーを開催したり、あるいは医療機関の先生を招き講演をして頂き、会のないところではインターネットを利用して検討し、情報交換に務め少しでも質の高い救急医療を市民に提供しようと努力している姿は、やがて何らかの形で還元されると思います。 しかし、アンケート調査の中で気になったことは救急救命士の大半が「特定行為の処 置拡大」を望んでいることである。特に気管内挿管、薬剤の使用については80%以上が実施すれば救命に効果的と答えているとのことである。しかしながら、現状では救急救命士がいない、高規格救急車がない(5.3%)等の意見のほか、全隊が高規格救急車である(17.2%)とほんのわずかしかなく、法律的で全国的に適応させるには、条件が必要になると思う、例えば、救急救命士の経験年数、更に特別な病院研修を終了し、医師が認めた者等である。日本救急医学会の先生方のアンケート調査でも、処置拡大の条件として、「再訓練」の必要性を重視する結果が出ており、このように地域格差が大きくなってきていることを考えると、処置拡大にはさらなる研修制度の確立は無論のこと、救急隊の資質の向上を図るための自己研鑽の必要性も指摘される。 医師の具体的指示の撤廃を求める声も90%以上と高かった。しかしながら、処置が拡大されたならば、尚更のこと、指示は必要不可欠なものであることを再認識する必要がある。 いずれにしても、現在の法律を尊守してその範囲内のことを最大限に生かす工夫をす ることが先決である。法律を守ると言うことは、逆に法律が私たちを護ってくれると言 うことを理解して欲しい。
【結び】 救急救命士は医療従事者の一員としての責任があります。 救急救命士の処置が検討されている今日、もし処置拡大がなされたら自信がありますか? 今まで、救急隊員には罰則規定はありませんでしたが、救急救命士が医療従事者の一員としての責任があることを意味しています。 尊い命を預かる職業として、日進月歩する医療を責任を持って果たさなければなりません。 21世紀に向けて、これから期待されるのは皆さん方です。市民のニーズに応えるためにも、市民の要求を断ることはできません。我々の努力で解決していかなければならないと思います。また、解決する努力を惜しんではならないと思います。 それには、私たちは資質の向上を図って、先輩たちの構築した救急業務を、更なる高度な目標を定めて努力することが必要だと思います。 一人の力には限界があります。これらを再認識し、資質の向上に努め、医師・コメディカルの方たちから、「さすが救急隊だな」と言われるお墨付きをとることで、市民に見返され、信頼されることにより「これまで出来る救急隊ならもっとやらせてもいいんじゃないか」と言うような声が聞こえてきそうな気がいたします。そうすることにより、処置拡大や具体的指示問題も自ずと解決するものと確信いたします。 倉持日出雄
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